2017年4月10日月曜日

野鴨

   野鴨

僕はあの蘆間から
水上の野鴨を覗う眼が好きだ
きやつの眼が大好きだ
片方の眼をほとんどとぢて
右の腕をウンとつつぱつて
引金にからみついた白い指尖をかすかにふるわして
それから蘆の葉にそつと触れる
斜につき出た細い銃身
あいつの黒い眼も好きだ

僕はあの赤い野鴨も好きだ
やつの眼ときてはすてきだもの
そして僕は空の眼が好きだ
あの冷たい凝視が
野鴨を悲しむのか
僕は僕の眼を憎む
この涙ぐんだ僕の眼だけを憎む

覗ふ眼 銃口の眼 鴨の眼 空の眼
静かに集ひ
鴨を射つ


「野鴨」は、野生のカモ。カモは全長35~60センチの中・小型の水禽類。ふつう雄は雌より大型で、羽色が特殊化し、美飾羽をもつものもあるが、雌は地味な羽色で声も「ガ」あるいは「ゲ」音系だそうです。

沿岸海域から内陸の河川、湖沼、湿地、さらには水域から遠くない草地や林などに生息。カモには、数キロ先を見通すような視力、人よりずっと広い視野角があるとか。

「野鴨」というと、ノルウェーの劇作家 H.J.イプセンの戯曲が有名です。虚偽のうえに築かれた三代にわたるエクダル家が、無謀な一理想家による娘の出生の秘密の暴露によって動揺し、娘の自殺によって崩壊していきます。

*「覗ふ眼」「銃口の眼」「鴨の眼」「空の眼」この四つの眼を「僕」は好きだという。そして「僕の眼」だけを「僕」は憎む。「僕の眼」は涙ぐんでいるのだ。「レンズの中」という作品では、双眼鏡は狂った風景をみせてくれる「大きな眼」であって、その眼を頼りにあの作品の世界は始まった。だがここではどうか。涙ぐむ「僕の眼」は頼れないのだ。「射つ・射たれる」という事件を成立させるのは「僕の眼」以外の四つの眼だ。涙ぐんだ眼は事件にかかわりあえない。《安》

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