2017年4月11日火曜日

夢売る力をうしなった者は生きてゐられない

   夢売る力をうしなった者は生きてゐられない

天心に凭れかかつた太陽がある
火葬場のやうな黒い油煙をあげて
じゆうじゆうじゆう
軒並に今日も又鮭を焼く場末の夕暮
骨でもしやぶれる間は
猫の子一匹だつてくたばらないぞ
夢は昨日からすでに明日に突走つてゐる
ああ 今日一日なんか物の数にも入らないんだ

孤独!

この夕景を強く生きやう


「夢売る力をうしなった者は生きてゐられない」という長いタイトルがついています。

「天心」は、空のまんなか。空の中心。蕪村に「月天心貧しき町を通りけり」という有名な句があります。

近年は、火葬場で煙突が見られることはほとんどなくなりました。1970年代後半から燃料が灯油化・ガス化されたうえ、再燃焼処理の普及で排煙の透明化や臭気の除去が進んだからです。

しかし、それまでは、火葬場の高い煙突から「黒い油煙」があがるのが、「じゆうじゆうじゆう/軒並に今日も又鮭を焼く」煙の比喩に用いられています。

小野はこの頃のことについて、次のように回想しています。

「大正十二年に私が大阪から上京しまして、最初にめぐり合わせた詩の仲間が、この萩原恭次郎と岡本潤、壺井繁治の『赤と黒』の三人の詩人であったことも何だか偶然だとは思えないのであります。

しかし、その頃の私の詩は、かれらの詩にくらべるとまことにおとなしいものでありまして、いま読み返して見ますと、ようやく前記の『半分開いた窓』の後半に至って、この時代の疾風怒濤の余波が押しよせている感じであります。

私は若い頃にアナトール・フランスの『エピキュラスの園』を愛読しました。この詩集の第二部の扉に掲げてある『出来上った幸福を受けるのは絞縄に頚をかけるようなものだ』という言葉はそれからの引用で、私はそれによって自分の反抗の姿勢を示したつもりだったのでしょう。

一寸微笑ましくもあり、悲しくもあります。反抗や怒りが外に向うと同時に、内に向っても爆発しているのは、この時代の革命的な抒情に見る共通の特色でありますが、私の詩にもこの自虐的な要素が濃厚でした。

私の場合は、それは内部の敵に向って戦いを挑むというよりも、むしろ当時生活的にも環境的にも比較的恵まれていた私の、詩人の良心に対する極めて感傷的なコンプレックスに原因していたようです」(「激動から秩序へ」)

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