2017年4月4日火曜日

野の楽隊

   野の楽隊

ケームリモミヱズ…………クモモナク
太鼓ばかり嫌にひびかせて
四五人の赤い楽隊が街道をゆく
はしやいだ小供や犬なんかもゐく
街道に沿ふた細いあぜみちでは
カーキの軍服をてらてらさした在郷軍人が
口笛で合奏しながら歩いてゐる
少し離れた丘の草路をふんでゐくのは
ぼくだ
くすくす笑つてゐるのはぼくだ
あの楽隊を聞いてゐると
なんだかなまあたゝかな情熱が
胸もとにぞくぞくはひあがつてきて
くすぐつたくなる
ぼくはいよいよ笑ひだした
ぼくは自分をどなりつけた
しかしぼくの歩調は
あの太鼓の歌にあつてゐる
いくら乱さうと乱さうとしても
いくらもがいてももがいても太鼓につりこまれる
ぼくはついにたまらくなつて兎のやうに
黄色い草むらにもぐりこんで
長い耳をたゝんだ
そしてまたこんどは
ゲラゲラと笑ひを吐きだした。


「太鼓」の起源は古く、紀元前2500年ごろのシュメールの浮彫りにみられるそうです。太鼓は、音高が明瞭に表現できず音の減衰が速い半面、拍節を明確に表現できるので、独奏より合奏のなかで多く用いられます。オーケストラのティンパニのように合奏音量の増減を表現するのにも適していて、太鼓の演奏者は合奏のなかで統括的役割を果たします。

ヨーロッパ中世から近世にかけて、小太鼓は軍隊の信号、船上でのあらゆる合図に使われたそうです。日本でも軍楽器の総称として「陣太鼓」があります。相撲の触れ太鼓のように、場の雰囲気を高める儀礼的な使われ方にも使われます。歌舞伎囃子のように、雪、波、雨、風など特定の情景を表出するために一連の打奏のパターンを使うこともあります。

アフリカの「太鼓ことば」は、話しことば固有のリズムやイントネーションを直接的に模倣して楽器音に置き換えます。太鼓ことばへの変換によって、より遠くまでメッセージの通達ができ、メッセージは話しことばよりも秘儀性を帯びます。

太鼓の演奏で、話しことばの音韻やリズムの影響は大きいそうで、太鼓の教授で使われる口唱歌は「口太鼓」ともよばれます。テレツクテンテンというような音韻の連続で音型のまとまりを記憶し、スムーズな打奏を導き出すことに役だっています。

この作品の楽隊は「ケームリモミヱズ…………クモモナク」と「太鼓ばかり嫌にひびかせて」「街道をゆ」きます。

含むところ大きい秀作である。音楽をきいていて知らずしらず体で調子をとっているなど、日常よく経験することだが、この作品は「音楽」ないしは「歌」の発揮する気持の悪くなるほど圧倒的な力を見事に捕えている。いくらもがいても「ぼく」は「音楽」につりこまれてしまう。だから「ぼく」はゲラゲラと笑いを吐きだして対抗するしかない。この笑いは自嘲であろうか。自嘲でもあろうが、より、恐怖であり、憎悪であるだろう。この憎悪こそ後年の小野をして短歌的抒情の否定を叫ばしめた源である。《安》

0 件のコメント:

コメントを投稿