2017年5月18日木曜日

私の人工楽園

   私の人工楽園

いろいろな風景を荒しつくした。
美は新しい秩序を索めるが
心理はまだそれに追つつかない。
夕暗の地平に黒く
犬牙のやうな方解石の大結晶を想像することも出来る。
ウエルス流にそれは未来の都市であり
私はそれに同意しないこともない。
この茫々たる蘆荻の原にあれば私は自由だ。
迷ひこめばガラスや軽金属で造園されたランダアやアルンハイムがあるかもしれない。
私の友はあの向ふの発電所の大煙突を遠景に把へるべくコンタクツクスをあはせる。
だがさうしてみればなんともつまらない。
私の眼は一条の電車軌道をゆき
掛け看板雑然たるあたりを見る。
それは米屋や八百屋や薬屋や土地会社の出張所のごときものである。
私は帰らうと友をうながし
彼も又寒いねなぞと云ひながら浮かない顔をしてゐる。
ランダアやアルンハイムは
一ぺんにどこかに吹つ飛ばされ
未来はさらに
なかなか遠いのだ。


米国の作家エドガー・アラン・ポー(Edgar Allan Poe、1809-1849)=写真、wiki=は、“庭園風景もの”といわれる小説を書いています。理想的な美を求め人工楽園を創造する、緻密な風景描写が特徴的な作品群です。

莫大な遺産を相続した詩人エリソンが、理想的な美を求めて、神の創造した自然でなく詩人の手による新たな美と調和をめざした人工庭園の楽園を創造する物語『アルンハイムの地所 (The Domain of Arnheim)』(1846)や、その続編の『ランダーの別荘 (Landor's Cottage)』(1849)があります。

*人工楽園については小野に次のような発言がある。
「はかないと云えばはかないが、ユートピアだとか人工楽園だとか云われるものがもしあるなら、それはただこのように屈折した時間の中にわずかな夢魔となってその姿をかいま見せるだけで、ポウの『アルンハイムの地所』も『ランダアの家』もそんな時間の産物だと云ってよい」「人間はありのままの自然の進行に極度に退屈するとみなそのようなものを見る」(『奇妙な本棚』)
 コンタックスのレンズでは「人工楽園」は捕えることができないし、ただそこへでかけていったというだけでも捕えることはもちろんできない。「寒いねえ」という言葉を発するとき眼前にあるのは現実の風景にすぎず、未来の風景は「さらになかなか遠いのだ」。《安》

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