2017年5月21日日曜日

葦の地方(四)

   葦の地方(四)

いつか
地平には
ナトリユムの光源のやうな
美しい真黄な太陽が照る。
草木の影は黒く
何百年か何千年かの間
絶えて来ない
小鳥の群が
再びやつてくる
三角形状の
縁だけが顫動する金属板が
杳く
蒼空の中に光る。
機械はおそろしく発達して
地中にくぐり
見えない。
太古の羊歯のしづかさに
たちかへる。
やがて いつか
そんな日が
或はやつて来ないとはかぎらない。
ここにいささか余裕を生じ
心の平衡と
希望があつて
それらを緻密に計量出来るならば
この国の鉄には
この国の石炭や石油には
この国の酸素や窒素
塩酸や硝酸や二硫化炭素にはそれだけの用意もあるだらう。
羊歯の葉つぱや
鳥たちの純粋な飛翔のやうな
何か おそろしくしづかな
杳い夢のやうなものも
或は。


「ナトリユムの光源」とは、ナトリウム蒸気中のアーク放電によって放射される光を利用したナトリウムランプのようなものを想定しているのでしょう。ナトリウムランプは、低圧ナトリウムランプと高圧ナトリウムランプとに大別されます。

①低圧ナトリウムランプ ナトリウムの蒸気圧を約0.5パスカルとしたもの。もっとも効率よくナトリウムのD線(589.0と589.6ナノメートル)を発光する橙黄(とうこう)色のランプです。1932年にオランダのホルストによって実用的なランプが完成。日本では1934(昭和9)年に実用化され、1957(昭和32)年から普及しました。ランプの構造は、ナトリウム蒸気に侵されない特殊ガラスを発光管とし、これをU字形に曲げ、ナトリウム金属と始動補助用ガスとしてネオンと少量のアルゴンの混合ガスを封入します。効率は実用光源のなかでもっとも高い(175ルーメン/ワット)ものの、橙黄色の単色光なので、演色性が非常に悪いため、トンネルなどの照明など使用は限られています。

②高圧ナトリウムランプは、黄白色の光で、実用白色光源のなかでもっとも効率が高い(400ワットで115~140ルーメン/ワット)。1963年アメリカで高温のナトリウム蒸気に耐える透光性アルミナセラミックス発光管が開発され、ナトリウムの蒸気圧をあげることにより実用化されました。日本では1969年に完成しています。ランプの構造は、透光性アルミナセラミックス発光管の両端に電極をセラミックキャップまたはニオブ金属キャップで封止して発光管とし、これにナトリウムのほか水銀、始動用のキセノンガスなどが封入されています。道路などの屋外一般照明や高天井の工場照明、スポーツ照明に多く使用されるようになりました。

*安東次男が『日本の詩歌』第20巻(中央公論社)の解説で「作者の希望というよりは、ありうべからざること、そんな日が来ることはありえない、と知っての空想のたのしみである。そこに小野のニヒリズムの深さを読むのでなければ、この詩はおよそ無思想、無内容なものとなろう」と述べている。「ありうべからざることを知ってのうえでの空想」という指摘は正確である。ではなぜ小野は「空想」にふけるのか。小野は自作解説をして「本来人類の福祉にこうけんすべき重工業の発展と、それの現実の姿の対比を、近づいてくる戦争の危機の予感の中でとらえようとする」ところにこの詩の主題があったと述べている。なるほどそうであるが、それにしても、「羊歯の葉っぱ」とか「鳥たちの純粋な飛翔」にやっとたとえてみせた「何かおそろしくしづかな杳い夢のやうなもの」というこの確かではあるが低い発声は、あきらかに醒めて「夢」みるものの所為に他ならないだろう。中央部で、「その日がやって来るだろう」とはもちろん書きえず、「やがて」「いつか」「そんな」日が「或は」やって「来ない」「とは」「かぎらない」と書きとめたこの息づかいもまた発するところ同じであるだろう。「葦の地方」を見据えてきた小野を襲いつづけた「戦争」は小野の意識を二重三重に遮断し、視線を二度三度屈折させずにはおかなかったのだろう。
 尚「三角形状の……」以下4行はフランスの小説家グスタブ・フロオベエルの『聖アントワヌの誘惑』の中にある砂漠の上を渡る渡り鳥の描写の一節で、砂漠といくらか似ている大工場地帯の葦原の未来風景の描写に借用したという。《安》

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