2017年5月26日金曜日

鄙びた海岸の大煙突に

   鄙びた海岸の大煙突に

都会では
ああいふものを見ても
もう少しも興奮をおぼえぬが
やつぱりふいにこんなところでそれを見るとドキツとする。
隧道を出ると海だつた。
その海の突鼻の君の孤独。
陽はややななめに
白いコンクリートの胴腹にゆれる煤煙の影もしづかだ。
都市の一つの性格を破壊するやうな
或は工業の古い概念を否定するやうな
洗はれた鮮烈なものがそこに聳えてゐる。
いやむしろこの世のものと思はれぬ
ふしぎなしづかな世界を夢みさすやうなものが
そこを過ぎる。


煙突の機能は燃焼ガスの排出にあります。ですから、ガスの種類、量、温度 、速度などによって設計され、必要があれば送風機で強制排気します。

「大煙突」では、佐賀関、四日市、日立=写真=各製錬所の高さ 200m前後のものが有名です。近年では他の地域でも、大気汚染公害緩和のため 70m以上とし、数ヵ所の排出ガスを煙突上部で1本にまとめる大型の集合煙突の建設も多くなりました。

*旅先で瞥見した工場の煙突に興奮する小野の性癖が均衡のとれた書体で書きとめられている。「そこを過ぎる」という表現には、小野が工業に見ていたものが概念のように定着したものではない常に運動量を含んだ「夢」だということを示しているとともに、旅先での車窓よりの不意の瞥見の視点が重なって、美しい結句となっている。
 尚、戦後の詩集『大海辺』中に「小旅行より」と題して次の5行がある。
 その昔旅の窓より
 なれが見しかの山の碧き入江の
 大いなる人造石油。
 いまは無しと
 友きたり語りて去りぬ。

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