2017年6月14日水曜日

暗い桜

   暗い桜

どこかそれは
大和の南葛あたりの地形に似てゐるが
卓状の平らな山が見えて
さびしく荒れはてゝゐる。
その下を一筋の小川がながれ
堤に沿ふて真白に桜が咲いてゐた。
うす曇りの空のすきまから
にぶい光がおりてゐて
凄いやうなしづかさだ。
幸福にもあるひとは
こんなときに こんなところで
生まれてはじめて桜の花を見るのだ。
遠く 白く
積乱雲のやうに
動かない。


「大和の南葛」というのは、奈良県中西部の旧南葛城郡あたりのことでしょうか。西に大和葛城山、金剛山が聳え立ち、古代豪族葛城氏の本拠地でもありました。1958年に、御所町、葛村、葛上村、大正村が合併して御所市が発足し、南葛城郡はなくなっています。

「卓状」は、上面が平らであること、頂部が平坦であることをいいます。崖で囲まれた高台で、侵食によって台状の岩層が地上に残った地域を卓状地と呼ばれます。

*徴用生活直前に書かれた作品であって、「わたしの精神の位相たるや、まことに危ふしという感がする」と後年回想している作品である。退屈な「自然」が生々としたものとして小野の眼に映りだしたのだ。大和国原に咲いている暗い桜。そして夕暮の水の中に鳥貝一つ沈んでいる飛鳥の小川(「夕暮の水の中に」)。それから五位鷺が巣を作っている荒れはてた御陵の森(「夢」)。《安》

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