2017年6月22日木曜日

タスマニヤ人参

   タスマニヤ人参

青黒い大きな鑵をきりつと切ると
タスマニヤの真赤な人参があらわれた。
私はそれを八つの皿に盛り分け
一片の代用パンをそえて食卓にならべた。
飢え渇えていた野菜だ。
それはわれらの血となり肉となるだらう。

      〇

米。
米はいまや一粒もない。
アメリカ中西部の力のある玉蜀黍を
鯨油でいつてばりばり喰う。
えらいものだ。
毎朝ばりばりやつてゐるが
小供たちは胃もこわさない。


「タスマニヤ」=写真、wiki=は、オーストラリア大陸の南にバス海峡をへだてて連なる面積6万平方キロ余りの島。かつては大陸と一体となっていましたが後氷期の海進で分離し、バス海峡が形成され、島となったとされています。 A. J.タスマンによって発見 (1642)されて以来、初期の航海者たちは長い間大陸の一部と信じられ、島であることが確認されたのは 1798年でした。

島の西部は高地で、西風を受けて降水量が多く、森林が発達。中央部の高原には湖が発達し、主要な河川が北東および南東へ流出して水力発電の水源となり、下流に河谷を形成しています。西部は鉱産資源開発、北部と南東部では農牧土地利用がみられ、ニンジン、ポテト、オニオンなども生産されています。

*救援物資の一つであったタスマニヤ人参の青黒い大きな缶をぎりっと切って、中から真赤なタスマニヤ人参があらわれたとき「日本の悲しい泥川の芽芹やしじみ貝は一ぺんに吹っとんだ。飢えかつえていた野菜がこういうかたちで眼前に現われたということにわたしは興奮した」と小野は書いている。《安》

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