2017年6月25日日曜日

夜の海へ

   夜の海へ

人影もない
夕暮の海。
飛込台も遊動円木も低くなつた。
ほの暗い波間に見えかくれする真赤な浮標(ブイ)。
たぶん今日最後にそれを見たのはぼくだろう。
海は満々として
だれも知らない夜の海になる。


「遊動円木」(ゆうどうえんぼく)=写真=は、太い丸木の両端を鎖やロープでつるし、前後に揺れるようにしてあり、その上を歩いたり落し合いをして遊ぶ大型の遊具です。遊びを通して体を鍛えたり平衡感覚を養うのに役立つものとして、日本でも明治・大正を通じて学校教育制度の推進とともに普及しましたが、丸太の下敷きになってけがをするなどの事故がしばしば起こったため、現在ではほとんど見かけなくなりました。

「浮標(ブイ)」には、海底や何らかの構造物に係留されているものと、海流や風に流されていくものに大きく分けられます。前者は浅瀬や岩の位置の標示などの海難防止や海底に設置された計器類の位置標示などに使われ、後者は海流の様子を調査するのによく用いられます。

「ほの暗い波間に見えかくれする」のは、どちらのタイプでしょうか。最近は人工衛星でブイの位置を観測することができるようになり、黒潮などの大海流にブイを投げいれて、それを追跡することによって黒潮の流路を探る試みがなされています。

「今日最後にそれを見たのはぼくだろう」という表現に、詩人の張りつめた心境がうかがわれます。

*新しい荒廃にむきあって身がまえしている小野の精神の緊張がうかがわれる。《安》

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