2017年6月4日日曜日

成瀬政男

   成瀬政男

雨が降つてゐた
僕は蝙蝠傘をさして
足駄を履いて
遠い加賀谷の造船所に通つた。
レーンコートの内ポケツトに一冊の本が入つてゐる。
昔々その昔成瀬政男といふ若い歯車の大家がヨーロツパ帰りの船中で
これも有名なさる日本作家と出会つた。
ぼくは電車の中でその本を読む。
――禊といふものは
と科学者はその小説家に向つて云つたのだ。
多分神はこの日なほぼくの中にもゐたのだらう。
ぼくは海の方へ歩いていつた。
猛烈な向ひ風に
何度も傘を折られさうになりながら。
昭和二十年八月十五日は
半年の後に迫つてゐた。


「成瀬政男」=写真=「歯車の成瀬」と謳われ、東北帝大教授を勤めた機械工学者。1898年(明治31)千葉県生まれ。小学校代用教員などを経て東北帝国大学工学専門部、東北帝国大学機械工学部を卒業。直ちに機械機構学の講義担当の講師就任。歯車の研究を開始。

理学と工学の融合を企図した東北帝国大学の学風を生かし解析幾何学と数学を駆使し歯車の新たな一般理論を構築しました。欧州留学時に歯車研究とならび日本の産業振興に何が必要かを常に模索し、国、技術、産業、教育への考えを著書や講演で訴え実践しました。

豊田喜一郎の国産自動車開発に協力し、その歯車理論と技術が現在の「トヨタ」の躍進へと貢献しました。また、技能教育の重要性を説き、定年退官後、新設の中央職業訓練所(現・職業能力開発総合大学校)の校長をつとめた。1979年(昭和54)没。

「足駄」(あしだ)は、雨の日などに履く、高い歯の下駄。高下駄。歯は差し歯で、磨り減ると差し替えます。男物は歯が厚く、女物は薄い。雨、雪の日は爪革を掛けて用います。

*精神主義の対する嫌悪は小野の一貫した態度であるが、戦中の神がかり的精神主義に対する不安と嫌悪がこの詩の主題である。小野は次のように述べている。
「当時、わたしはこの東北帝大教授であり工学博士である成瀬政男の歯車の本(『日本技術の母胎』)に相当いかれていた。わたしは、日本の航空機に使われている歯車と、アメリカの航空発動機用の歯車であるライトサイクロンの、この二つの歯車の精度をしらべて、アメリカのそれは理想円より十数ミクロン、兎の毛・羊の毛の二、三倍も悪いと成瀬政男が云うこの厳然たる事実に打たれたり、また、戦争初期においてこのように精度にひらきがあった日本の航空発動機用の歯車が、後にライトサイクロンに追いつき追いこして、ついに五ミクロン、頭の毛の十分の一しか狂いがないものを生み出すようになった次第が述べられているところを読んで感動したい」(『奇妙な本棚』)
 小野が感動したのは、「当時日本上下を支配していた神がかり的な精神主義だけを目の敵にしたわけではない。科学主義のなかにも小野は嫌悪すべきものを敏感にかぎつけている。
 小野が感動したのは。「当時日本上下を支配していた神がかり的な精神主義に対するアンチテーゼとしてであって、なにも精神主義だけを目の敵にしたわけではない。科学主義のなかでも小野は嫌悪すべきものを敏感にかぎつけている。
「精神主義が怪物なら、所謂科学主義や科学思想だって随分怪物が多い。『科学する心」等という得体の知れぬ化物が白昼横行してるのもその一例である」(『詩論』23)
「(成瀬政男が)みそぎの精神と結びつけて、あたかも本来の日本人の血潮の中には、もろもろの徳とともに神格にまで昂められた技術の血が流れているなどと云ってういるところを読むと、また不安にならざるを得なかった」(『奇妙な本棚』)。《安》

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