2017年7月10日月曜日

群雀

   群雀

遠くに
群雀が飛ぶ。
かれらの一団の飛翔のなかには
絶えず何かがはじけ
絶えず何かが爆発しつづけている。
血のような収穫の日の残照!
地がさかさまに
天に映える。


「雀」はもともと樹上に営巣する鳥で、地上2~10メートルの樹上にたくさんの茎葉を使って丸い横型の巣をつくります。隣どうしの巣がつらなって集団営巣のようになることもあります。長い年月、人間とかかわり合って穀物の味を覚えたからか、巣づくりも樹上から人家の構造物に移動する傾向もあります。営巣期は早春から夏にかけてで、秋になると農耕地に集まり、夜は葦原、竹やぶなどを集団のねぐらとしますが、稲穂を食害するので、農家からは嫌われる存在です。

*『火呑む欅』の巻頭を飾るこの詩については小野の自作解説がある。戦後まもない頃、近鉄に乗って伊賀の上野まで炭の買い出しに行った小野は子供の炭のかつぎ屋部隊と乗り合わせて話をする。
「毎日、時には日に二往復して伊賀まで炭の買い出しに行く子供のかつぎ屋仲間の間には、きいてみると一つの賭けの習慣があって、帰りの電車の窓から、村雀の大群が飛んでいるさまを見るか見ないかが、彼らにとって重大事であったのだ。大和か河内の野の果てに村雀がばめきのようにわきたったり、波状をなして飛んでいる光景を車窓から見た日は、終着駅に着いても、買い出し取り締まりの経済警察の網にひっかからないで無事大量の炭俵ををかついで改札を通りぬけられるという一種の縁起かつぎが、子供たちの間にあることが、話をきいていてわかった。私はその日、帰りの電車が、伊賀、大和を過ぎて河内の国にさしかかった時、私のそばに炭俵を置いて立っていた少年が、窓の外を透かし見るようにして、突然発した奇声を忘れることができない。その日、同車していた子供の大かつぎ屋部隊は、めでたいことに、彼らが念願していた村雀の大群を遠くの野末に発見したのであった。私の目にも、遠くに、電車の速力と競うように、波状を描いて村を飛び越え、森を飛び越えて、どこまでもどこまでもついてくる雀の大群の姿が映った。『群雀』という詩は、この時に生まれたといってもよい」(『現代詩鑑賞講座』第一巻角川書店「荒廃の季節とわが詩作」)
 もちろん出来あがった詩からは子供たちは姿を消していて「群れ飛ぶ雀の形象でもって、自己の願望のありかを探る詩」(同書)がわれわれの前にあるだけだ。小野の雀の詩に目をつけた長谷川龍生はその系譜をたどったうえで「小野十三郎は一羽の雀である。一羽の雀でありながら、自己との対立した社会から、社会への自己の拡大化、社会への参加、一羽の雀の目の中にある百万羽以上の雀の大群。小野十三郎の芸術的昇華が社会的に大きな意味をもっているのは、自己に対して、自己が忠実な命令を下したためであろう」(『日本詩人全集』第26巻新潮社「人と作品」)

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