2017年7月16日日曜日

時計

   時計

子供が
美しい一個の腕時計を
掌の上にのせて
人ごみの中に立つていた。
彼の眼眸は凶悪な光をおびていたが
背中には可愛らしい二枚の翅があつた。
誰れがいま過ぎゆく時間について
正確な知識を持つているか。
俺はただ彼がうしろで
どや、スイスの十五石や
とよびかけるのを
きいただけだ。


「腕時計」などの機械式ムーブメントには、時計職人が、歯車用の軸受として摩擦を低減する「石」を入れているため、摩擦が最小限にとどめられています。もともとルビーが用いられましたが、近年では合成サファイアが用いられています。一般的に、時分秒を表示する標準的な機械式時計は原則として、摩擦による摩耗が最も起こりやすい場所に少なくとも15個の受け石、つまり「15石」を入れなければなりません。

時計産業は、17世紀に手工芸的な産業となり、イギリス、フランス、スイス間で激しい技術競争が起こりました。ところがフランスでは、ナントの勅令が1685年に廃止され、ユグノーが多かった時計職人たちは迫害を逃れてスイスへと移住します。そのためジュネーブ、さらにその北東のヌシャテルで時計産業が栄えるようになり、この2都市がスイス時計産業の中心となっていきました。日本製の腕時計が大量生産されるようになったのは20世紀に入ってからで、この詩が作られたころは時計と言えば何といっても「スイス」がブランドだったのでしょう。

*『大海辺』の「日本・冬物語」中に次のような一篇がある。
 自転車といふものはあれは何とも云へぬほど暗いものだ。
 近頃は農家の納屋を覗いても二台位置いてあるが。
 自転車工業などといふ言葉を聞くと私はゾツとする。
 夕暮。公園の横の板を上つていつたら
 チエンの錆びたボロ車体を舗道に立てかけてゐる男がゐて
 大将、五枚にまけとかうと云つた。(「自転車について」)
「誰れがいま過ぎゆく時間について正確な知識を持つているか」は、「自転車工業などといふ言葉を聞くと私はゾツとする」に対応しているが、並べてみると、敗戦直後とその後の時間経過を感じさせもする。
 「街角で」「時計」などの作品が「冬の海から」「舟幽霊」「不知火」などの作品とともに収められているところに、この詩集の成立した時代の困難が如実にうかがわれる。《安》

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