2017年7月23日日曜日

むかしばなし

   むかしばなし

まだ、いるの?
おびえたまなざしで
子供がいう。
添え寝をしているおばあさんが
子供のやせた肩をしずかにたたきながらこたえる。
シッ! いますとも、早くねむらないと――
夜の雨ははげしく海上にふりそそいでいる。
陸の方は真暗だが
元山から見る沖合はほのかに明るい。
そこには
波のうねりに巨体をのせて
幽霊船インディアナポリスが錨をおろしていた。
マストにはだらりと
やぶれた骸骨旗がたれ下っている。

おばあさんの寝ものがたりを
子供はおぼえていた。
それはまだ立ち去ろうとする気配もない。
そこにいる。
昼は大白山脈からも
蓋馬高原からも見えた。


「インディアナポリス」(Indianapolis)=写真、wiki=は、アメリカ海軍の巡洋艦。テニアン島へ原子爆弾を運んだ後、1945年7月30日にフィリピン海で日本の潜水艦「伊58」の雷撃で沈没しました。太平洋戦争で、敵の攻撃で沈没した最後のアメリカ海軍水上艦艇です。

インディアナポリスは1932年11月に竣工。太平洋戦争では、広島、長崎へ投下する原子爆弾用の部品と核材料をテニアン島へ運ぶよう命じられ、1945年7月16日にサンフランシスコを出港しました。7月26日テニアン着、その後、レイテ島へと向かいました。7月30日0時15分、北緯12度02分 東経134度48分の地点で、日本海軍の潜水艦伊58(回天特別攻撃隊・多聞隊)が発射した魚雷6本のうち3本が右舷に命中、インディアナポリスは火柱を吹き上げながら前方を海に突っ込み、転覆、沈没。この攻撃で乗員1199人のうち約300名が死亡したとされます。

「元山」は、朝鮮民主主義人民共和国の南東部、日本海に面した港湾・軍港都市。ソウルから東北朝鮮への入口にあたる交通の要衝で、天然の良港である元山港が日朝修好条規によって1880年に開港しました。その後はおもに対日貿易にたずさわり、日本人の大陸や北朝鮮各地への進出の拠点となりました。1929年に起こった、交通・港湾労働者を中心にした労働争議、元山ゼネストでも知られています。

「大白山脈」は「太白山脈」のことでしょうか。朝鮮半島のほぼ中央、半島の日本海側沿い南北500キロメートルにわたって走る。北から南へ、金剛山(1638メートル)をはじめ、雪岳山(1708メートル)、五台山(1563メートル)、太白山(1561メートル)と並び、南下するにしたがって低い残丘を残しています。

「蓋馬高原」(かいまこうげん)は、朝鮮半島北部の中央を占め、面積2万平方キロメートルに及ぶ広大な高原。平均高度は1200メートル。高原の西限は南北方向に走る狼林山脈で、白頭山(2750メートル)から南南東に摩天嶺山脈が走っています。

*「元山沖に錨をおろしたアメリカの航空母艦を骸骨をマストにかかげた海賊船に見立てて、それを孫に寝物語にきかせる老婆を歌った」(小野)この作品は特異な構造を持っている。この「むかしばなし」は眼前の事実がかたられているのであって、過去の事実がかたられているのではない。「まだ、いるの?」「シッ!いますとも、早くねむらないと――」このやりとりがなくなるのは「それ」が立ち去ったときであり、そのときそこの話は本当の「むかしばなし」になるのだ。それにしても「まだ、いるの?」という子供の言葉はなんと強く戦争を告発していることか。そして結びの二行に示されている大白山脈からの蘆原高原からの見据える視力がこの作品を強い確かなものにしている。《安》

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