2017年7月29日土曜日

不時停車

   不時停車

吹きあふられて
雨はぶつかっている。
奥飛騨は
くぬぎ、なら、けやきの芽ぶき
かき消される山また山。
前方に眼をやり
巨大なるD52
そこにとめてる。


「D52」=写真、wiki=は、第二次世界大戦前に設計された貨物機D51形を改良し、1200tの貨物列車を牽引できる高出力機として国鉄の前身、鉄道省が設計・製造した貨物用テンダー式蒸気機関車。1943年から1946年にかけて総数285両が製造されました。おもな改良点はボイラーの大型化と出力の増強で、最大動輪周囲出力は日本の蒸気機関車の中では最大の1660馬力となりました。

戦時中の物資不足による戦時設計のため、本来使用すべき資材を使わず代用材が数多く使われ、製造そのものも簡略化された、作りとしては非常に質の悪いものでした。そのため、実際には1100tの貨物列車を牽引することがやっとだったとわれます。また、戦時中に酷使され、ボイラー爆発事故も少なくありませんでした。

戦後、標準材に換え、ボイラーも新製交換されるなど本来の性能を発揮できるようになり、東海道・山陽線の重量貨物列車をはじめ、函館・室蘭本線、後に東北本線でも使用されるようになりました。1972年12月のD52 202号機による運用を最後に全車廃車となりました。

*この作品について伊藤信吉の一文がある。
「そのとき前方にとまっているD52を発見した。もちろんD52は貨車をつらねていたろうが、小野十三郎の眼に映じたのはD52そのものだった。重量ある巨躯。鋼鉄の機関車が物質的感動をもたらしたのである。それにもかかわらず作者は、感動の質について一言もしゃべらない。『そこにとめてる』と、素っ気ない一語で打止めにした。」(『詩をめぐる旅』新潮社)
 なお伊藤は「紀行詩はそのほとんどが情感の地誌として綴られている」に反して小野のそれは「精神の地誌というべきである」と述べている。卓見である。《安》

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