2017年7月9日日曜日

トリスの空壜に

   トリスの空壜に

あけがた。
富士を
八年ぶりに見た。
それははじめはこれまでと
ちよつとちがつた方角に
幻影のように現われて消えた。
きみはよく眠つていたから
知らなかつただろう。
トリスの空壜にうつつたあの小さな富士は
それからどうなつたか。
岩淵では製材工場の構内の電燈がまだついていた。
朝の電気の光芒は冴えて
悲しい。


「トリス」は、サントリーが販売するウイスキーのブランド。戦後、粗悪品の焼酎などが横行するなか、1946年に本格発売され、うまさと低価格で人気いなりました。1958年には、マスコットキャラクターのアンクルトリスが誕生しています。

1950~1960年代には「トリスバー」という安酒場が流行しました。トリスハイボールとつまみのピーナッツを安価で提供し、安心して洋酒が安く飲めるバーと言うことでサラリーマンや学生の人気を集め、最盛期には全国に約2万店舗にまで増殖したといわれます。

1960年にはハイボール缶「ウイスタン」を販売、各地でハイボール「トリハイ」が飲まれるようになります。1980年代になると焼酎ブームによってトリスの人気は落ちましたが、2003年にボトルと味をリニューアルして再登場し、アンクルトリスも復活しました。

「富士」で「岩淵」ということは、静岡県東部の富士市岩淵でしょう。富士市は工業の盛んな街。なかでも豊富な地下水を利用した製紙業が盛んで、特にトイレットペーパーは生産量日本一を誇っています。

明治時代に入り、洋紙の製造技術が導入され、王子製紙が近代的な製紙工場を開設。その後、中小製紙会社も次々と設立されて栄えましたが、戦後の高度成長期、製紙工場の排水で田子の浦港にヘドロが溜まり、水質悪化や大気汚染で社会問題も起こっています。

そんな、あちこちに工場が立ち並ぶ街には「製材工場の構内の電燈がまだついてい」る。24時間の交代制でフル稼働しているのでしょうか。それを「朝の電気の光芒」ととらえ、その「冴え」た明りに「悲し」さを感じています。

*つまり問題は「正確に対応する心の習慣」であり、さらに「問題の方向に働く創造力」である。トリスの空瓶にうつった小さな富士がそれからどうなったかという設問は、この点を押えないかぎり無意味なものになってしまうし、「冴えて悲しい」という表現も単なる個人の内的現実に対応するしかなく、時に感傷にさえ堕さざるをえなくなる。「不知火」以下の数篇のもつ重大な方法的意味はまさにこのあたりにあるのだ。

0 件のコメント:

コメントを投稿